あれから3年 

311+  311線路+
 一本松と「海」「空」・みすずの詩     「未来は続くよ どこまでも」

3月11日、あの東日本大震災から3年が経ちました。犠牲になられたすべての皆さまに哀悼の誠を捧げるとともに被災地の復興にむけて、4年目の一歩を踏みだす日にしたいと思います。

311が発生した直後、党全体の取組みと並行して、阪神淡路大震災や国際協力活動に経験のある議員仲間とともに震災ボランティア室を立ち上げて、微力ながら緊急救援と復旧支援に連日連夜あたったことをリアルに思いだします。できる限りの力を尽くしましたが、被災地にとって決して十分であったとはいえません。最初に現地入りしたのは、約1週間後、まだ道も割れガソリンもないなか、最被災地であった陸前高田市でした。

あたりまえと思っていることは、決してあたりまえではない。家族、土地、営み、コミュニティ、生死。被災地がまず最初に教えてくれたことを強烈に思い出します。

14時46分。今年は、町田市で育った戸羽市長と陸前高田を支援する「鶴の羽の会」のみなさんと一緒に、黙祷を捧げました。金子みすずの詩の朗読も響き、詩にある「みんな違ってみんないい」は市長の好きな言葉だそうです。私も大好きな言葉のひとつです。震災直後に現地入りしたとき、救援物資とともに私が市長に手渡した同級生の方からお預かりしたメモが、こうして3年後にみすずの言葉と共につながるとは想像しませんでした。支援の輪をひとつひとつ広げてこられた皆さんに心から敬意を表します。

継続していく力こそが、人と人をつなげていく。
そのことが、忘れない、という力なのだと思います。

一方、被災地の復興です。戸羽市長のメッセージのなかに気になったことがありました。被災地では、2020年東京オリンピック・パラリンピックにむけて建設ラッシュが始まると、被災地の復興を担う業者がみんな東京へ行ってしまうんじゃないか、災害復興住宅やインフラ整備がまた置き去りにされるのではないかと被災者が心配していると。そうならないよう復興を急ぐのはもちろんですが、東京と被災地でオリンピックの果実を分かち合う、そんな新しい発想のうえにたった東京五輪をめざすことが、被災地にとって大きな希望になると信じています。

そして、「福島を忘れない」。

あの大震災と原発事故に直面したからこそ、私は原発に依存しない社会をつくることが次世代にむけた政治家の大きな責任であると思ってきました。「2030年代原発ゼロ」の政策の先頭に立ち、使用済み核燃料の処理などのバックエンド問題研究会で仲間と仕事をしてきました。代わる中期的エネルギーとして「再生可能エネルギー促進法」を成立させ、結果、全国各地に分散型エネルギーが次々と生まれています。

しかし、3年が経ち、安倍政権には、原発の依存度を引き下げる方向性がみえません。本音は予算に表れますが、来年度の予算上、その方向性がまったく見られません。

原発事故の収束や汚染水の問題など山積みですし、現場の労働者の安全もしっかり確保したうえで廃炉まで40年の月日がかかるという事態を直視しなければならないと思います。高レベルの放射性廃棄物はその何百倍もの年数です。


私たちは忘れない。
被災地の人々とつながり復興を加速させること、そして、311を教訓にして新しい日本を創ること。それができると信じて、4年目の一歩を踏み出していきたいと思います。

 

 

 

 

 

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